かふかログ

映画『君の名は。』を見て、村上春樹を思った / "セカイ系" という共通点

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http://www.kiminona.com/index.html

※ネタバレ少しあり

 

かふか です。

 

今さらながら、映画『君の名は。』を見てきました。普段そこまで映画は見ないのですが、これだけは見ておかないと2016年という年を越せないと急に思ったからです。 

 

 『君の名は。』と村上春樹作品は、ともにセカイ系

で、とりあえず『君の名は。』を見て、その映像美や斬新なストーリー展開に感動したのですが、それ以上に見終わった後、この映画の世界観と村上春樹の世界観の共通点に思いを馳せてしまいました。

 

『君の名は。』のような世界観を世間では "セカイ系" と呼ばれています。最近の日本アニメーション映画に顕著なこの世界観、この言葉は一度でも耳にした事があるのではないでしょうか。

 

セカイ系の定義は、Wikipediaによると

 「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」

 

「具体的な中間項を挟むことなく」とは国家や国際機関、社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、主人公たちの行為や危機感がそのまま「世界の危機」にシンクロして描かれることを指す。

 

Wikipedia

 

ということです。

 

これを『君の名は。』 でいうと、「お互いに入れ替わる 瀧と三葉という2人の個人的問題が、隕石衝突という1つの"世界の危機"を巡り展開されていく」という事になります。

 

そして、村上春樹でいうと、まさに『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 の物語です。主人公《僕》の周りで起こる物事が、社会の出来事や歴史などをスッと飛ばして、直接世界の終りへと繋がる物語だからです。

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

 

 

 

 村上春樹の小説は全てセカイ系

というか『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に限らず、『羊をめぐる冒険』も『ノルウェイの森』も『海辺のカフカ』も『1Q84』も、村上春樹の小説には "セカイ系" がその物語の根底に流れています。どの小説も基本的に、一般社会とは距離をとっている個人的な生き方を貫いている主人公が、その自我を世界の果てへと繋げていく物語だからです。

 

 

セカイ系は、今に生きる僕らの社会に近い

このように考えていくと、『君の名は。』のような映画や村上春樹の小説が現代の人々の共感を呼ぶのも分かります。

 

現代を生きる僕らは、インターネットや高度に発達した科学技術によって、自分の思考・行為を世界のどこにでも届けることができます。自分の考えを世界に発信したければ、インターネット上のSNSやブログで発信すればいいし、世界の果てのような島に行きたければポチッと航空チケットを買えばいいだけです。

 

 ただ、そのような個人が社会的規制やフィルター無しに、世界へ"むき出し" にされている状況は、自由であると同時に生きづらかったりします。

 

そんな僕らのモヤモヤ感に対して『君の名は。』や村上春樹の小説は、直接的では無いにせよ、何か訴えかけてくるものがあるのです。

 

 

以上、『君の名は。』を見てこんな事を思いました。

かふか

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