かふかログ

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村上春樹を読むと不幸?それにもかかわらず僕が思う村上春樹のすごさ

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かふか です。

 

以前、僕の学生時代の友人が言っていたのを思い出しました。

 

「私は村上春樹の小説が好きだけど、村上春樹にハマった事が自分にとって幸せなことだったのかは自分でも分からない」と。

 

ん〜なんるほどなあと僕は思いました。かく言う僕も同じ心境だからです。僕は村上春樹ファンですが、村上春樹という作家には、明らかに中毒性があります。もしかしたら、知らぬが仏で、ある人にとっては知らなかった方が幸せだったかもしれません。よく言われるように、村上春樹は好きな人はとことん好きですが、嫌いな人はとことん嫌いです。

 

まあ彼の作品が好きか嫌いかを議論しても実りはないと思うので、それにもかかわらず僕が村上春樹のここが魅力だと思う点を挙げてみます。 

 

ささいな日常へのまなざし

作家は自分の価値観や思想を物語として体現させますが、少なくない作家が観念的になる傾向があります。例えば、三島由紀夫。『金閣寺』に代表される彼の小説には、強烈なまでに徹底的な美意識が貫かれています。自分の情念を金閣寺を燃やすという事により、絶対的な美に昇華する様に。彼の作品は、それはそれで文学的芸術的価値が確かにあります。文学史的に名が残る価値があると思います。ただ、それを読者が自分の生活に落とし込めるかと問われると疑問です。彼の作品はあくまで、額に飾っておくような芸術作品に思えてなりません。川端康成、芥川龍之介にしても然りです。

 

対して、村上春樹の小説は、退屈なほどまでに、主人公の日常風景を描写します。一挙一動を描きます。ひどい時は、その描写だけで一つの章が終わることもあります。「パスタを作っていた。その時こんな音楽を聴いていた。」「イライラしていた。アイロンを一枚一枚丁寧にかけた。」などなど。読者に「そこまでお前の日常に興味ないよ!」と言われんばかりに。

 

ただ、村上春樹は小説を書きながら、その様なささいな日常を描くことに何か大切なものを感じ、ある意味で意図的に描いていると思われます。観念的にならずに、現実を凝視しています

 

現実世界におけるグレーゾーン

作家ひいては芸術家というのは、多くの場合、観念的になりがちです。評価されるごとに自己顕示欲(?)が高くなり、その分だけ美意識も高まると言えばいいでしょうか。その意味では、村上春樹は泥臭い作家です。村上春樹は、自分の価値観や思想を作品として昇華させるというより、フィクションを通していかに現実を描くかいかに一つの物語を読者に提示できるかということに重きを置いています。

 

又、彼の作品に明確な答えはありません。物語の続きはあくまで読者にグレーゾーンとして委ねられています。この白黒決めないというスタンスは、村上春樹の作家としての読者に対する誠意であり、彼の倫理観になっているのだと思います。1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件から特に。以下の言葉にそれが現れています。

 

でも実を言えば私たちが林医師に向かって語るべきことは、本来はとても簡単なことであるはずなのだ。それは「現実というのは、もともとが混乱や矛盾を含んで成立しているものであるのだし、混乱や矛盾を排除してしまえば、それはもはや現実ではないのです」ということだ。「そして一見整合的に見える言葉や論理に従って、うまく現実の一部を排除できたと思っても、その排除された現実は、必ずどこかで待ち伏せしてあなたに復讐することでしょう」と。

 

『約束された場所で』p329



Hands

身体的感覚の大切さ

観念の世界だけに入り込まないという村上春樹の態度は、彼がランナーであることからも見て取れます。おそらく、村上春樹ほど体を動かしている作家は日本にいないのではないでしょうか(僕が知る限り。海外には多く見られますが)

 

彼は長編小説三作目の『羊をめぐる冒険』を書くあたりから、煙草を絶ち、ランニングを始めています。専業作家として生きていく上で、身体的感覚の大切さを直感的に感じたのしょう。

 

後から考えると、村上春樹のこの《身体性》は、1960年〜1970年ひいては僕らのインターネット世代への反論のように思われます。 理想やイデオロギーを語る、二次元などような空想の世界に浸るのではなく、もっと自分の《からだ》に戻れと。自分の足元を見ろと。そこからしか現実的な物事は始まらないのではないかと。

 

村上春樹は彼の超現実的な(あり得ない出来事が多々起こる)小説から一見、夢想家のように見えますが、その実は徹底的なリアリストです。自分の《からだ》の感覚を大事にし、そこから一歩一歩ランニングするかの如く物語を紡ぎ出す作家だと思うのです。

 

 

以上

かふか