かふかログ

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《自己紹介》かふか って何者?

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※以下、2017年1月現在の情報

 

『かふかログ』 村上春樹 とその周辺

ブログ『かふかログ』に訪問頂きありがとうございます。かふか と申します。

 

かふか というペンネームは、予想が付く方もいるかもしれませんが、僕が好きな作家 村上春樹の小説『海辺のカフカ』から取りました。片仮名だとそのままなので、ひらがなにしたという安易な考えです。

 

参考までに:

myeinst.hatenablog.jp

 

 

関西在住、20代♂、普通のサラリーマンです。

好きなものは、村上春樹、宇宙、音楽、アート、映画、旅、文章を書くこと・・・

 

 

とまあ羅列していっても、上っ面だけで、僕の芯みたいなものはなかなか伝わらないと思うので、あえて2つの言葉で語ってみたいと思います。これが今までの僕の人生の世界観を決定づけてきたものだからです。たぶん。もちろん新しい価値観も今後取り入れていきたいですが、20数年生きてきた価値観はそうそう簡単に変わるものではありません。

 

 

物理学村上春樹

 

この2つ。

 

 

物理学との出会い / この宇宙の美しさ

※物理学という言葉に拒否反応がある人は、下にスクロールを。

 

僕はあまり面白くなかった高校時代に物理学という世界に出会いました。

 

物理学と聞いて、何をイメージしますか?小難しい数式を前に、しかめっ面で机に向かう研究者でしょうか?世間になど一切興味を示さず、宇宙の世界に没入する姿でしょうか? おそらく、一般的にイメージしやすいのは、福山雅治が演じた天才物理学者ガリレオでしょう。唐突に思い立ったように、数式を壁になりふり構わず殴り書くあの様。

 

世間で考えられている通り、物理学には難しい数式がわんさか出てきます。ただ、数学は物理学にとって手段でしかありません。この美しい宇宙を理解するための手段です。

 

例えば、アインシュタインのE=mc² という式。この驚くほどシンプルな数式には、僕らの住むこの宇宙の深淵が隠されています。

 

また、相対性理論によると、「《時間》の長さは絶対的なものではなく、各々の人にとって異なる相対的なものである。Aさんの1分間とBさんの1分間の長さは異なる。その違いを僕らが感じれないのは、僕らの動く速さが秒速30万kmで進む光と比べてあまりにも遅いから」とか。ここらへんでやめましょう(笑)続けると長くなりそうなので。

 

とにかく、僕は高校時代に、物理学によって世界の見え方が変わってしまいました。宇宙ってこんなに美しいのかと

 

 

Armonioso caos



村上春樹との出会い / 人間というカオスの世界

ただ、僕を含めるその宇宙を見つめる人間というものは、そんな数式などで簡潔に語ることはできません。もっと掴み所のないもので、カオスの世界です。

 

その後、僕は神経症やら何やらで悩むことになります。僕は明らかに今でいうところのHSP(Highly Sensitive Person)でした。そんな暗闇の中、出会ったのが作家 村上春樹です。彼の小説の中で、まさしく僕を示唆する文章がありました。

 

「そうだな。実際の人生は数学とは違う。そこではものごとは最短距離をとって流れるとは限らない。数学は僕にとって、なんて言えばいいのかな、あまりにも自然すぎるんだ。それは僕にとっては美しい風景みたいなものだ。ただそこにあるものなんだ。

 

『1Q84 BOOK1 前編』p113

 

上記の「数学」を「物理学」ととらえると、まさに僕の今の考えと同じです。僕は大人になるにつれ、人生を最短距離で計ることは難しいと悟り、割り切れない人間の内の世界や不条理な世界をフィクションを通してありありと見せてくれる村上春樹の小説にハマっていきました

 

村上春樹には、小説からだけでなく、彼の生の声であるエッセイからも強く影響を受けました。

 

1955年地下鉄サリン事件の首謀者の1人、林郁夫 元医師に対して、村上春樹はこう語っています。

でも実を言えば私たちが林医師に向かって語るべきことは、本来はとても簡単なことであるはずなのだ。それは「現実というのは、もともとが混乱や矛盾を含んで成立しているものであるのだし、混乱や矛盾を排除してしまえば、それはもはや現実ではないのです」ということだ。「そして一見整合的に見える言葉や論理に従って、うまく現実の一部を排除できたと思っても、その排除された現実は、必ずどこかで待ち伏せしてあなたに復讐することでしょう」と。

 

『約束された場所で』p329

 

オウム真理教の幹部の多くが、物理学や医学などの真理・理想郷を希求する学問を学んでいました。彼らは強くそれらを求めすぎたが故に、学問には諦めをつけ、オウム真理教という架空の絶対的ユートピアに走っていってしまったのです。

 

これは僕にとっては、人ごとではありませんでした。僕も物理学という完全無欠な真理に強く惹かれていたのですから。今でも物理学は好きです。ただ絶対的なるものに突っ走るのは、人間としてリスクがあることを村上春樹から強く学んだのです。

 

 

以上、長くなってしまいましたが、僕の根っこを語るとしたらこんな感じでしょうか。僕自身もまだ自分でよく分からない部分があります。まあでもそれでいいと思うのです。

 

 

このブログでは、村上春樹を中心に、皆さんの心に何かしら響けるような記事を書いていきたいと思っています

 

では、よろしくお願いします。

 

かふか