かふかログ

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柔らかな魂 / このことばいい響き『村上春樹 雑文集』より

村上春樹 雑感

Sunshine

かふか です。

 

柔らかな魂

 

やわらかなたましい

 

なんていい響きなんだろう。いい響き、心地よいこの言葉。

 

 

変わりうるこの心

今日仕事中にふと、この言葉を思い出しました。たしか、村上春樹が『村上春樹 雑文集』の中で語っていた言葉。

 

これは、村上春樹が自身の小説『海辺のカフカ』の中国語版のために書いた序文のタイトルだそうです。中国語版の序文なので日本では読むことができないため、この雑文集に収められたそうな。

 

村上春樹は『海辺のカフカ』を書くまでは、基本的に主人公を20代〜30代の男性に設定しており、その主人公たちの価値観は既にある程度固まってしまっています。かたや『海辺のカフカ』では、15歳の中学3年生の少年が主人公として描かれています。

 

でもこの作品の中で、僕が少年の物語を書こうと考えたのは、彼らが「変わりうる」存在であり、その魂がまだひとつの方向に固定されていない、柔らかな状態にあるからだ。

 

『村上春樹 雑文集』p473

 

参考までに: 

myeinst.hatenablog.jp

 

ゼロに戻りたい。その柔らかな。

僕らは大人になるにつれ、価値観や考え方が固着していきます。それがいいことなのか悪いことなのかは僕には分かりません。僕には判断がつきません。

 

ただ、たまにそんな固着した価値観を放り出したくなる時があります。放り出してもとのゼロに戻りたい。もとの柔らかな状態に戻りたい、と。

 

柔らかな魂は、たぶん不安定で脆く儚いものです。けれども、そこには何か大切なものがあります。そこには人が生きていく上で、大切なメッセージがあります。

 

やわらかなたましい。

とてもやわらかな。

とても。

 

 

と、僕は一体何を言いたいのでしょう?(笑) なんだか完全に「柔らかな魂」というその響きだけに導かれて、徒然なるままに書いています。でも、いいでしょう。そんな時があったっていいでしょう。だって、村上春樹も構成など特に考えずに、意図せず物語を紡いでいくのですから。(村上春樹とお前を一緒にするな!という声が聞こえてきそうです。)

 

でもまあとにかく、心が柔らかな状態は誰しも持った方がいいのではないでしょうか。「俺はこうだ!」「私はこうよ!」とかって思いすぎると人生疲れます。はじめはそう思ったとしても、精神が続きません。

 

それよりも、心のどこかに柔らかな、常に「変わりうる」部分があってもいいのではないでしょうか。それが自然だと思うのです。

 

なんだか僕のたわ言のような記事になってしまいました。すいません。

 

ただ僕はこうして自分の言葉を紡ぎ出すことによって、今は亡きスティーブジョブズが言った「その日寝る前に、『今日は素晴らしいことをした』と思えるような生き方をしなさい。」という、なんとなくそんな心境なのです。

 

自由に文章を書くってすばらしい。馬鹿ですね。

 

では。

 

かふか

村上春樹 雑文集 (新潮文庫)

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